地方で働くということ

まちづくり

今、何が欲しい/何が不足してる?って聞かれたら「人」と「お金」と「時間」って答える。
何もかもが足りない。今日はその中の「人」のお話。

都会から来て、高山を去った人たちのお話

少し前、異なる都会資本の会社からここ飛騨地域に送られていた2人が高山を去った。2人とも現地責任者として派遣され、事業の展開を任されていた身だった。辞めた理由は定かではないが、考えたことをいくつか。

モチベーション維持が難しい働く人

そもそも地方で働く前提で会社に入ってない従業員を、責任者として派遣しても彼/彼女のモチベーションを維持させることは非常に難しい。
彼/彼女は元々は東京/都会で働いており、その会社に入社したのも、「当然」都会で働くためだったと思う。大手製造業に入社したなら転勤も覚悟しなきゃかもしれないけれど、最近はそれすらも嫌がられると聞いたことがある。

「地方で働く」ってとこだけ切り出しがちだけど、仕事してない間は「暮らしている」わけで。都会で得られるはずの利便性はないし、すぐそこにいた友人・知人もいない地方では、暮らし自体もストレスになる。責任者としての肩書きからビジネスで一定の成果を出さなきゃいけないし、これもまたストレス。。

仕事もストレス。暮らしもストレス。これじゃ続く訳がない。

コミットが求められる経営者

やっぱり経営者自身がその地で事業を展開しなきゃダメだと思う。
んで一緒に働いてくれる彼/彼女は自らの意思で「選んで」来なきゃ続かないと思う。

送る人間に権限を与え、取締役/事業責任者なる肩書きを与えたところで、「送られる身」であることには変わりはない。本人は都落ち感を拭えない。

やっぱり地方で事業をやりたいと思ったのであれば、経営者自身が地方に根を張りコミットをしなければ、その事業は長続きしないのではないかな、と。

経営者はその事業をやりたいのだからおしゃれなお店がない、ネットフリックスしか娯楽がない、田舎のしがらみめんどい、刺激ない等々、湧いて出てくる田舎の不平不満を自分でまずは受け止めなきゃ。んでその経営者が泥にまみれながらも必死で事業を展開する姿に刺激を受けて初めて、僕も私も一緒に働きたい!って人が仲間に入り、地方に根をはるのが正しい流れなんじゃないかな、と。

また別の高山を去った人のお話

これまた少し前、高山の某有力企業で働いていた人が高山を去った。
去る理由を尋ねると、地方都市での”人材不足”問題を解決することの別の難しさが。。

優秀な人材の活躍できる場を用意できない経営者

その人は優秀だった。とても優秀だった。高山に来てくれたからには、この企業の価値を高めてくれるに間違いない人材だった。(と思われる)

でも 力を発揮することなく去った。

まずは現場を覚えなくちゃ、ということで配属された現場。
去る時まで任せられていたのも現場だった。

優秀な人材には経営人材として活躍できる場を用意する、のではなく、とにかく人材不足を解消するために働いてもらう。

これじゃーせっかくの人財が勿体ないし、長く続かないし、結局は高くつく。

取り敢えず高山に辿り着いた人

その人は高山で働くことを決めた。

理由  特になし。

誘われたから?インバウンドで人気になってるから??その企業が面白そうだったから???

特になし。

派遣先から紹介されるのを待ち、美辞麗句と時給をもとに就業先を選び、取り敢えず働く。

これじゃーせっかく地方に来た意味ないし、働いてて面白くないし、結局長く続かない。

地方で人が働くには?

こんな山奥に遠路はるばるやって来てくれた人をどう活かすかを考え、いかに長い間その地で働いてもらうかを必死で考えるべき雇う側。

こんな山奥に遠路はるばる行くんだぜってことを理解して、働くモチベーション、その地で暮らすモチベーションを仕事の内外で自発的に作り出すべき働く側。

この両方が成立してないと、田舎の人材不足問題は一向に解決しないのではないかなー。

知らんけど。 

でも思うんです

「人材が不足している」という課題感から人探しが始まるのではだめだと。
そのは経営者の経営課題を解決するために助けてくれるなはずだよなと。

地方都市における人材不足の解決策は?
先日の外国人人材活用セミナーに参加してきたお話。 地方では人材不足がますます深刻化していますが、外国人が救世主となるのか!? いやいや もっと身近なところで、できることはたくさんあると思います。


中村匠郎ニュースレター

滅多に送られてこないメールマガジンです。活動報告やイベントのお知らせ、ボランティアの募集などをひっそりと配信しています。

いつでも購読解除可能です。プライバシーポリシーはこちら。

まちづくり

コメント