銭湯は公の衆のための場なのだけど

銭湯

台風19号の夜の出来事

台風19号が首都圏を直撃した夜、影響がそこまで大きくはなかった高山市の銭湯は通常通りの営業をしていた



大雨・強風である夜は当然お客さんも少なく、遂には店内からっぽに。

そのタイミングを見計らい母は動いた

電気を消し、暖簾を片付け、鍵を閉めた 
閉店作業だ。

それを半ば呆れ顔で見ていたが納得の息子。

それを知らされておらず、後に激怒しながら店を再度開けた父。

以降の2時間で来たお客さんは計7名

家業への姿勢が現れたワンシーン。

楽したい母 メリデメの息子 公共の父

営業時間を2時間残して、空っぽになったお店。どうせお客さん来ないし、営業する意味ないでしょっていうのが母の考え。早くあがって、寝たいというのが本音でしょう。

なるほどなるほど。お客さん来ないのに灯油使って、電気使って、人件費使って、ってメリットないよね、閉めるのは当然か、と僕。

いやいや、そんなんじゃなく常連さんがせっかく来てくれたのに、閉まってたら申し訳ないだろうが、開けろ!と父。

ここに、銭湯の「現在」と「未来」を見ました。

世の銭湯の大半が「母パターン」
斜陽産業で頑張るモチベーションを維持しにくい状況では、必要以上には頑張らない。
日々の作業を卒なくこなし、時期が来たら閉業というのが流れ。

”銭湯は公衆のための場所。地域の益をどこまでも優先し、清貧で頑張るのだ!”も、一部の銭湯では見られる「父パターン」。 雨にも負けず風にも負けず耐えるのです、じゃーヘルシーじゃない。

では、銭湯にももっと”ビジネス”を!費用対効果を考え、適切な資源配分のもとビジネスをするのだ!と息巻く僕のスタイルに未来はあるでしょうか?

多分ありません。

やっぱり銭湯って公衆浴場なのです。地域があって僕らがある。
地域が機能しないと、家族で細々と経営する銭湯って続けることが難しいんです。

「母」には楽をさせ、「父」の意識を維持しつつ「息子」がバランスを取りながら地域住民にとってのサードプレイスを目指す、というのが塩梅良いのかなと思ったわけであります。

銭湯を継続的に経営することの難しさ

「父」の経営スタイルで問題になるのが、家族経営ゆえに起こる売上と費用への考え方。

先の台風時に営業を続けるべきか判断する材料として「公」の意識はあれど、そこに発生する費用の考えがないです。

銭湯では燃料費と人件費が費用全体の大きな割合を占めるのですが、家族経営が基本の銭湯では人件費という考え方がない。利益次第でどれだけでも調整が効く部分だからこそ、なんとか潰れずやってこれたというのは事実。

銭湯を持続可能な形で経営を続けるには、この問題は避けては通れません。
僕だって適切に休みたい(2日連続で銭湯を休めるのは年1回)し、銭湯の運営に追われ清貧生活を送るのは本望じゃない。でも銭湯という場所はこれからのコミュニティ社会で益々大きな役割を担える確信はある。

はて どうしたものか。

地域の中で生きていく商いのあり方について考えてみる
死にゆく地方都市での斜陽産業サバイバル戦略。 それは内に優しく、外にはドライながらも確実に取り込むことなのかなと。


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